「美しい装いきよべ」店長のきもの日記 過去ログ2002年5月

▲先月の日記へ ▲店長のきもの日記へ ▲過去ログへ ▲翌月の日記へ


05/31/2002 スーパー狂言
 京都コンサートホールで茂山さん達のスーパー狂言「クローン人間ナマシマ」を見てきました。 「ハチロー」はじめ、有力な選手が海外流失し優勝があやうくなった「東京ジャイガンツ」はあのスター選手「ナマシマ」をクローンで7人揃えて…。とういストーリですが、笑いだけではなく強烈な風刺も折り交ぜて、1500人収用の会場は大爆笑の渦でした。
 狂言とういうのは、室町時代以降新作が作られておらず(?)、昨年の「ムツゴロウ」まで数百年間古典のみで上演されてました。
 今回梅原 猛さんが脚本を書き、茂山千之丞さんが演出&スーパー狂言の名付け親です。今回の衣装や美術は横尾忠則さんで、すっごい顔ぶれです。
 同時上演の古典狂言「二人袴」も大笑いしました。
 単衣の紬などのきものを着た方もちらほらおられ、会場は華やかな雰囲気でした。 若い女性のきもの姿が多かったのが嬉しいです。

05/30/2002 用の美
 今発売中の雑誌「サライ」の124Pに城端町と岩城信嘉さんが載っています。
民芸運動の創始者 柳 宗悦(やなぎむねよし)さんとの親交を書き綴り、用の美についてふれています。
 きものも美術品ではありません。
袖を通してこそ活きるものだと考えています。みなさんはいかがお考えでしょうか。

 明日から京都へ行きます。珍しく一泊二日です。(いつもは日帰り)

05/25/2002 新しいきもの
 4月16日の日記に書いた「片貝木綿」の縞きものが仕立て上がりました。注;どうしても自分のものは後回しになります(^^;
 きものに合わせて半衿も新調してます。シャリっとした素材の黒地の木綿です。なんと絣柄です。この半衿は特殊な方法できものについています。今回さらに改良を加えました。もうちょっと洗練できたら、ご紹介できるかと思ってます。
 袴は昨日と同じ薄手の木綿袴、涼しくて快適です。
 角帯は黒地の裂織製。衿が黒なので合わせてみました。

05/24/2002 初公開;普段の持ち物
 ど〜でもいいことなんですが、今日はきもの姿の時の持ち物を公開しちゃいます。
 木綿絣の巾着(紐の長いもの)を袴の紐に絡ませて、右脇から袴の中へ垂らしています。
 巾着の中には、手帳とペン(赤・黒・青ボールペン+シャーペンのすぐれ物)、小銭入れ(常に千円札一枚と小銭しか入ってません)。
 いまどき珍しいポケベル(ケータイがキライなんです。電磁波も)は左袖に入れてます。
 あと、小さなデジカメ(ミノルタDiMAGE X)を首から下げてます。

 ここ数日最高気温が25℃くらいで暑いので、今日は文人絣の木綿の単衣に同じく木綿の薄袴姿です。
 ジャニーズの滝沢秀明くんが、お茶のCMで袴姿で凛々しい姿を見せてるので、男の袴ムーブメントが起きないかなぁ…と期待しています。

05/19/2002 浅草三社祭
 朝六時半に起きて、三社祭の宮出しを見に行きました。
 朝六時に浅草寺境内(正確には浅草神社)から三つの御神輿が出て、各町内(44ヶ町)をまわり、大小の御輿に伝達します。六時と言っても、担ぎ手は他の町内会と早く交代したくないので、実際に出るのは八時過ぎのようです。それまで境内で盛大に?御神輿をまわしています。
 着いたのが遅かったので(七時半)、境内はバリケード封鎖されていて入れませんでした。仕方がないので仲見世通りで御輿を待ちます。
←凄い人波に押されながら撮った写真です。

 各町内ごとに揃いの長ハッピを作り、手ぬぐいを身につけます。格好いいんですよ、これが。 老若男女問わずに完全に着こなしてます。
 特におじいちゃんたちの着流し姿のカッコ良さには参りました。

05/18/2002 浅草くみ踊り
 今年、西上の曳山祭の後ふき(通称=山行き)は東京一泊二日の旅行です。
 『江戸端唄の流れをくむ庵唄ですから、是非本場の浅草のお茶屋へ行ってみたい』のワガママを芳村伊十七先生が聞き入れてくださいました。浅草三丁目の「梅の家」というところです。
 折しもこの日は三社祭の真っ最中で、浅草の芸妓組合では「くみ踊り」を披露しています。
 鳴り物と踊りと唄でチームを組んで、各お座敷を回るんです。
ひと所にいながら、数十人の芸妓さんが見られるのでスッゴク得した気分です。(その分花代も必要ですが…)
 浅草組合所属の芸妓は四十数名だそうです、残念ながら高齢化が進んでいるようで、お茶屋さんの件数も減りつつあります。
 くみ踊りの衣装は毎年新調するんだそうです。柄も自分達で考えて染めに出すと言ってました。

05/15/2002 城端曳山祭
 心配していた雨もなく朝から絶好のお祭り日和になりました。
朝7時から屋台の準備にかかり、紋付・袴に着替えて十時にいよいよスタートです。
 写真は、開始前に曳山連合会と庵連合会が開かれている様子です。若連中だけではなく、町内の男衆は殆どが紋付着用です。
 伝統と格式があり、神様の祭であるにもかかわらず屋台の中で色唄を唄うという点で粋な祭でもあります。
 マスコミ等で、事前に紹介していただいたお蔭か、平日にもかかわらず朝から沢山の方が見にこられました。東京や関西など、遠いところの方が多いようです。かなりの方がきものを着ておられて、黒い男衆のなかに、とても映えます。
 城端曳山祭ほど、きものを着ることに違和感のない祭も珍しいのではないでしょうか? というより、洋装だとこの祭に参加した気にならないと思います。

05/14/2002 城端曳山祭 宵祭
 今日と明日は、国の重要無形民俗文化財に指定されたことで例年以上に気持ちが入っている曳山祭です。明日が晴れることを祈りつつ、庵屋台を組み立てます。
 曳山祭は獅子舞からはじまって、剣鉾、傘鉾、御輿が巡行し、庵屋台と曳山がセットで動きます。我々若連中はこの庵屋台が担当です。
 中で笛・三味線を演奏して端唄(長唄と小唄の中間の長さ)を庵唄と称して、唄います。僕は唄方で、今年は「川竹」を唄いました。
 夜7時半より御旅所で庵唄を奉納したあと、曳山会館での合同披露をして、町内所望にまわります。
 若連中は全員紋付・袴の正装です。足もとは白足袋に粋な下駄。屋台の中に入れる芸人は羽織を着ません。これも城端の伝統です。

 写真は西上の庵屋台の一部で、料亭を模して作られた精巧なミニチュアです。
 今となってはとても作れない美術品です。

05/12/2002 おねりがありました
近所の恵林寺さんで、蓮如上人五百回忌記念の法要がもうされ、
盛大におねり(お稚児さん行列)がありました。
子どもさんは、写真のように一ツ身や四ツ身の着物の上から衣装をまとい、
付き添いの親は正装です。
本来なら黒留袖なのですが、訪問着の方もおられました。
なかに洋服のスーツ姿の方も見受けられましたが、
略礼装なので、お坊さんに失礼にあたると思います。
お坊さんは正装しているんですから、
ちゃんとした身なりを整えることも大事ではないでしょうか?

05/11/2002 ひとえと夏物の会
きょうから、15日の曳山祭まで
「ひとえと夏物の会」を開催しています。
絽・羅・紗はもちろん、
麻・木綿・からむし・など変わった素材や
能登上布・夏塩沢・夏大島・黄八丈など非常に珍しいきものを揃えています。

また、プレタ(お仕立て上がり)きものに
久留米絣や撫松庵のきものもあります。

ちなみに今日のいでたちですが、寒いので袷の紬です。
山形の馬下助左ヱ門さんに織っていただきました。
アップ写真を載せました。

05/10/2002 突然寒くなりましたが…
もうすぐ城端曳山祭です。
各家では祭幕を準備するなどまちが動き始めました。
今年は重文に指定された最初の年ということもあり、気持ちが高まってます。祭幕や提灯、御簾をさげようという意識が高いです。

明日より、曳山祭まで「ひとえ◆夏物の会」を開催します。(5/11〜15)
撫松庵のプレタきものや、久留米絣のプレタきものもありますので、お祭りにも間に合いますので、どうぞ。


昨日、今日と気温が急激に下がり、薄手のものでは肌寒く感じま
す。今日は縞のウールに木綿袴姿です。2ヶ月前に逆戻りですね。



05/04/2002 すでに単衣
昨日とても暑かったので、きょうは薄手の袴に
な、なんと木綿の単衣を合わせました。
久留米の文人絣です。
きょうは朝から雨で湿気が多いのですが、
この衣装のお蔭ですごしやすいです。

突然ですが5月15日は城端曳山祭です。
今年、国の重要無形民俗文化財に指定されました。
風雅なとてもきものの似合う祭で、
男達は紋付袴姿で庵屋台に入り、三味線をひき、端唄を唄います。
女の方も是非、きものを着用して欲しいなぁ…と呼びかけています。数年後には必ずや…!と野望を持って。

05/03/2002 GW真っ最中です
きょうから縄ヶ池の水芭蕉が公開されます。
GWに林道の雪がなくなるのは久しぶりです。
それだけ暖かいということなんでしょうか?

ということで薄手の木綿袴を着用しました。
前にも書きましたが、「袴腰」をつけてません。
それだけカジュアルな雰囲気になってると思います。
裸足だし、涼しくて快適ですよ。

▲先月の日記へ ▲店長のきもの日記へ ▲過去ログへ ▲翌月の日記へ


トップページ 美しい装い
- きょべ呉服店 -店長;清部一夫